第十八回(2/4) ★競馬は週末の推理小説


 もともとパチンコや麻雀など、ほとんどギャンブルはやらないのですが唯一競馬だけは別です。競馬を始めてかれこれ20年くらいになります。今はほとんど馬券は買わずG1などの大きなレースの時だけ予想をして楽しんでいるだけですが、一時期はかなりハマって何種類もの競馬新聞を読みあさり、研究し、かなりの額の資金をつぎ込みました。競馬には、ただのギャンブルということだけではなく、ちょっと大袈裟に言えば “ロマン”みたいなものを感じます。競馬発祥の地イギリスで長らく愛され、祭典‘英国ダービー’のときなどみんなが着飾り、正装し、競馬場に集うのもそれ故でしょう。『サラブレッド』を中心に多くの人たちが群がります。最高の血の掛け合わせを考え愛情を注ぐ生産者、ロマンを追い求めたり金儲けを考える馬主、その馬を鍛え育てる調教師、心を込めて世話をする厩務員、思いのままに馬をあやつる騎手、そしていろんな思いを胸に馬券を買う自分たち競馬ファン。いろんな人間の欲望や愛や思惑をのせて全力で疾走するサラブレッド、そこにロマンを感じるのです。(ただ、少しでも速く走るため少しでも強くするため〈つまり人間の欲望のため〉に、何百年もかけてサラブレッドに過酷な血の掛け合わせを強いているわけで、その点については多分に疑問は感じているのですが……。)

 あまり競馬に興味のない方、ぜひ一度競馬場に足を運んでみてください。そしてサラブレッドを間近に見て下さい。その美しさにかならず魅了されるはずです。ピカピカに磨き上げられたビロードのような皮膚、したたる汗、オーラのように体から立ちのぼる湯気、キレイに整えられたたてがみ、筋肉隆々の胸元、500kg前後の体を支える4本の細く長い足、そして優しい目。はじめて馬を見た人が必ず驚くのがその大きさです。想像以上に馬は大きいです。でも気は小さくとても繊細です。利口で臆病で素直でそして美しい、それが人間が創りだした最高の芸術『サラブレッド』です。 自分が競馬を始めた20年くらい前というと、競馬場や場外馬券売り場というのはいかにもギャンブル場という感じで酔っぱらいのおじさんたちが赤鉛筆と新聞紙を握ってるというイメージでしたが、今では競馬場もキレイに整備され(ボクが知っているのはJRAで、地方の競馬はあまり知らないのですが)、女性や子供連れでも気軽に行けるようになっています。未成年は馬券は買えませんが、子供たちが遊べるような施設も設けてあるようです。競馬場も始めていくとその大きさとターフ(芝の馬場)の美しさに圧倒されます。桜が舞う頃おこなわれる3歳牝馬の1冠め「桜花賞」、新緑がまぶしい頃おこなわれる3歳馬No.1決定戦‘祭典’「日本ダービー」、初秋、古馬若馬入り乱れての日本一決定戦「天皇賞秋」、深まる秋3歳馬最強決戦「菊花賞」、1年に1度世界の強豪が集まる「ジャパンカップ」、そして粉雪の舞う中、自分たち競馬ファンが年末ボーナスをもくろむグランプリ「有馬記念」。自分にとって競馬場というのは季節感を感じられる存在でもあるわけです。

 結婚前に悦子さんと競馬場デートをしたこともあります。京都淀競馬場、春の古馬長距離日本一決定戦「天皇賞春」、五冠馬シンザンの仔ミホシンザンが勝った‘あの’レースです。旧天皇誕生日の4月29日、祝日だったのですが休みがとれたので2人で出掛けました。ガッポリ儲けて帰りに京都の街中の高級なフレンチかイタリアンで夕食を食べようと話していました。穴党であるボクは1番人気のミホシンザンの馬券など買うはずはなかったのですが、ビギナーである悦子さんは固いところでミホシンザンーニシノライデンなどの連勝複式の馬券を握りしめていました。そしてレースはスタート。ゆったりとしたペースの中最後の直線、力を温存していたミホシンザンが楽々と抜け出し1着ゴールイン。2着にはニシノライデンが飛び込みました。悦子さんは「やったー!」と飛び上がって喜びました…がその直後、場内がざわめきます。電光掲示板に“審議”のランプが点灯したのです。―――そして数分後の場内アナウンス「ただいまのレース、最後の直線走路ニシノライデン号が斜行し〇〇〇号の進路を妨害したため、降着失格と致します。…」   どうやら悦子さんにはバク才はないようです……。持ち金をほとんど使い果たしたボクたちは、トボトボと競馬場を後にし、京都のボクの実家に立ち寄り夕食を食べさせてもらったのは言うまでもありません。

 今までの競馬経験で1番記憶に残っている会心の勝ち馬馬券ゲットは、トウカイテイオーが休養から約1年ぶりに復帰したグランプリ「有馬記念」を劇的勝利した‘あの’レースです。トウカイテイオーは8冠馬皇帝シンボリルドルフの仔と言う良血で大好きな馬でした。競馬センスは抜群なのですが、やや体の線が細く脚元に少し不安がありました。4歳時(当時は今で言う3歳を4歳と表記していました。)春に3冠レースの皐月賞、日本ダービーを続けて制しましたが故障。秋に1度復帰しましたが成績はふるわず再び長期休養に入りました。そして約1年後に有馬記念に出走してくるわけですが、競馬の常識から言って一年も休養していた馬が、しかも有馬記念のようなG1のビッグレースで勝てるわけがないのです。どの競馬新聞もトウカイテイオーにはあまり印が付いていませんでしたし、単勝のオッズも5,6番人気くらいでした。でもボクは調教の具合がすごくいいことに注目していましたし、潜在能力だけなら他の馬に絶対負けないと確信していました。後は鈍っている実戦でのレース勘を、馬のポテンシャルと名手田原騎手の手綱さばきでカバーできるのではないかと考え、トウカイテイオービワハヤヒデの連復馬券を5000円買いました。結果は見事にトウカイテイオーが勝ち、ビワハヤヒデが2着に入り連復で¥3240(つまり32.4倍)の配当約16万円を手に入れました。金額的にまたは倍率的にもっと高額のものを手に入れたこともあるのですが、多くの人がトウカイテイオーは勝てないという中で、自分はトウカイテイオーを信じ、そしてそれに応えてくれたトウカイテイオーに感動し、自分にとって最高の会心の勝ちとなりました。そしてこのレースであらためて競馬は血統だなと、思い知りました。

 逆に万馬券という大きな配当を得ながら全然嬉しくなかったレースもあります。史上最速馬といわれたサイレンススズカが天皇賞秋を疾走中、骨折というアクシデントに見舞われた‘あの’レースです。ボクはサイレンススズカを4歳時(今で言う3歳)からずっと追いかけていました。当時はまだ馬が幼く勝ち切れませんでしたが、この馬はいつかはG1の大きなレースで勝てる馬だと確信していました。もしかしたらエリモジョージやハギノカムイオー、ミホノブルボンなどの歴代のスピード馬を超える、ものすごい怪物になるのではないかと考えていました。そして明けて5歳春、ついにサイレンスは本格化。春のグランプリ宝塚記念を制します。そして迎えた秋の天皇賞。ほとんどの競馬新聞がサイレンスを本命に推しています。ボク自身も95パーセントくらいの確率でサイレンスが勝つと信じていました。あとはヒモ捜しです。サイレンスに続いてゴールするのは晩器大成8歳馬のオフサイドトラップ、いぶし銀ステイゴールド、この2頭だと予想しました。ここでまさにボクは“悪魔のささやき”を聞くのです。ボクはサイレンス、オフサイドトラップ、ステイゴールドの3頭ボックスの馬券(つまりこの3頭のうち2頭が1,2着に来ればよい)を買ってしまいました。サイレンスが勝つと信じているのであれば、サイレンスからオフサイドトラップとステイゴールドの2頭への流し馬券を買うべきなのに、ボクをそうはしませんでした。もしかしたら負けるのではと心の中で考えていたのかもしれません。そして運命のレースが始まりました。例によってサイレンスは抜群のダッシュ力でハナを奪い、後続をどんどん引き離します。向こう正面ではやくも10馬身くらいのリード。3コーナーあたりでは後続馬を20馬身近く離すブッチギリです。そして誰もがサイレンスの勝ちを確信し始めた3コーナーと4コーナーの中間地点、快走するサイレンスのスピードがガクンッと落ちます。鞍上の武豊騎手がわきへ誘導し、馬を下り歩様を確かめます。後続の馬群がそのわきを駆け抜けました…。 骨折だ!…。一瞬東京競馬場が凍り付きました。スピード馬にとって足の故障はつきものですが、よりによってサイレンスが、よりによって天皇賞の大舞台で…。勝ったのはオフサイドトラップ、2着はステイゴールド、万馬券でした。サイレンスはその日のうちに安楽死処分…。ボクはサイレンスの命とひきかえに万馬券を手に入れてしまったのです。あれほど思い入れを込めてサイレンスを買い続けたのに、ボクは最後の最後でサイレンスを信じ切れなかったのです。大金を手に入れましたが、全然喜べなかったです。ボクは馬券ファンではなく競馬ファンなのですから…。そしてこのレースであらためて競馬に‘絶対’はないと、思い知りました。

 競馬は週末の推理小説です。頭の体操という感じでデータを眺めながら勝ち馬を予想するのは面白いです。競馬なんてたかがギャンブルなのですがなんとなく紳士的というか、格式高いというかジェントルマンの‘遊び’という気がします。これからもパズルを解くような感覚で勝ち馬を予想して楽しんでいきたいなと思っています。

シェフ

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