第二十三回(6/11) ★サルーテのアルバイト生


 今までサルーテでアルバイトをした子は全部で30人くらいになるのではないでしょうか。1回来て辞めてしまう子もいれば長く続けてくれる子もいます。サルーテをオープンした頃はまだまだ暇でランチもディナーも2人でやっていました。半年位してから日曜日の夜が忙しいということで週1日だけアルバイトに来てもらったのが最初です。それがだんだん週2日になり週4日になり今では毎日来てもらっています。初期の頃のバイト生が、今現在のバイトの仕事を見たら絶対驚くと思います。昔とは比べものにないほど高度な仕事をバイト生には要求しているからです。たとえばオーダーを厨房にとおす際、イタリア語でとおすように教えています。バイトを始めてすぐの頃はメニューの料理と名前を覚えるだけでも一苦労なのに、料理のイタリア語も覚えなければならないので近頃のバイトの子はすごく大変だろうと思います。

 サルーテの初期の頃のバイト生の仕事というのは簡単にいうと「運び屋」と「洗い屋」でした。オープンして最初の数年間はパスタとディナーセット、デザートくらいの少ないメニューで営業していましたが、とにかくほとんどお客さんは学生さんで、客単価はそんなに上がらないけれど、忙しい日はかなりの数のお客さんがありました。ですのでとにかく出来上がった料理を間違えずにテーブルに運ぶというのが仕事でした。またオープンして数年間は食器洗浄機がなく、グラスもお皿もすべて手洗いしていました。ですのでボクもアルバイト生も忙しい日は、洗い物だけでかなりの時間を費やしていました。それが数年後に食器洗浄機が入ると、すごく仕事が楽になり時間に余裕ができました。そしてその余った時間でいろんな仕込みができるようになり、メニューを増やし、少しずつパスタ専門店という形態からイタリア料理店へと移行することができるようになったのです。お店が進化するのにともなって、バイトの仕事も少しずつ高度になっていきます。メニューが増えた分、とおったオーダーに対して準備する仕事も多くなりました。たとえば、ガーリックトーストがとおったらパンとチーズをカットする、仔牛のカツレツがとおったら生ハムとモッツァレラをカットする、出来上がったお皿に胡椒やパセリをふる、ワインを抜栓する、エスプレッソマシンでコーヒーをいれるなど、昔と比べてはるかに仕事が多く複雑になっています。また、お客様の少ない暇な時間帯など、簡単な厨房の仕込みを手伝ってもらうようになりました。たとえば、野菜スープの材料切りやにんにくの皮むき、人参のせん切り、イカやエビ、イワシの下処理や、ハチノス(トリッパ)切りなど、包丁を握ったことがないような子でも数ヶ月もするときれいに早く切れるようになります。最初はおっかなびっくりでイカやエビ、ハチノス、ホロホロ鳥などを触っていた子がしばらくすると当たり前のように下準備をしてくれます。たぶんおそらく大きなお世話なのでしょうが、いい花嫁修業になるのではないかと思っています。女の子だから料理ができなければいけないとか男だから料理をしなくてもいいなんて思ってはいませんが、男も女も料理ができないよりはできた方がいいに決まってます。大学生くらいの年齢で器用に包丁が使えたら結構ポイント高いのではないでしょうか。

 近頃はほとんどないのですが、移転する前の店では、ときどき暇な日などバイト生に自分で食べる賄い(食事)は自分で作らせていました。「なんでも好きな材料を使っていいから。」と、食べたいものを作るように言っていました。これはボク自身がときどき作るのが面倒くさくて(笑)という理由もありますが、接客だけのバイト生にも料理を作る作業がどれだけ大変か知ってもらおうという気持ちもあってです。料理は接客係がオーダーをとおせば簡単に出てくるというものではありません。営業前に仕込みという準備をしていて、注文を受けた後も忙しく頭や手を動かしてはじめて出来るものです。そして出来上がった後は、フライパンや鍋の洗い物です。ですから出来るだけオーダーミスは少なくしなければということを理解して欲しいのです。また、接客係の仕事というのはただの「運び屋」だけではダメです。料理を運ぶだけなら誰だって出来るのですから。接客係の1番重要な仕事はお客様と厨房のつなぎ役になることです。来店されたお客様が男性なのか女性なのか?学生さんなのか社会人なのか?若い方なのか年配の方なのか?恋人同士なのかご家族連れなのか?プライベートなのか接待なのか?常連さんなのかいちげんさんなのか?すばやくそういう情報を知らせてもらうと、調理をする側としてはイメージがしやすく、とても料理が作りやすいのです。たとえば若い男性であれば、パスタやお肉などちょっと多め大きめを出してあげたり、女性や年配の方であれば脂身の少なめのお肉を選んでお出ししたり、お年寄りであればちょっとだけパスタを柔らかめに茹でてお出ししたり、お客様には知らせない目に見えないサービスができるのです。また常連さんであれば、たとえばチーズが苦手な方、アンチョビが苦手な方、塩を控えめな方、ピリ辛がお好きな方、ワインがお好きな方、そういう情報をボク自身が記憶していますから、「〇〇様、いらっしゃいました。」と知らせてもらうと、いちいちお客様から伺わなくても、お好みの料理をお出しすることができるわけです。また、お料理を前菜、パスタ、メインのお料理とコースで注文される方が多いわけですが、食事の進行具合を知らせるのも大切な仕事です。「前菜もうじき終わりますのでパスタ茹で始めて大丈夫です。」とか「パスタのお皿引きますのでメイン料理お願いします。」とか、「スローペースですのでゆっくりお願いします。」とか、こまめに知らせてもらうと、うまく流れてコース料理がスムーズにサービスできるのです。極端な話、接客係自身がボクの料理を作るペースをうまくコントロールして、お客様のペースと厨房の仕事がマッチすれば最高なのです。

 冒頭でオーダーをとおす際はイタリア語でやっていると書きましたが、挨拶などもイタリア語でするようにしています。どうしてオーダーや挨拶をイタリア語でするのかというと、もちろん従業員がイタリア料理店で働いているんだという意識や士気を高めるという狙いもありますが、演出という意味も大きいです。お客様が客席で、接客係が厨房にイタリア語でオーダーをとおすのを聞くと、とても感じがいいと思うのです。ですのでバイトの子にはオーダーをとおす際、ボクに聞こえるだけでなく客席全部に聞こえるような大きな声で、と教えています。ただし、アルバイトの子がイタリア語を覚えるのは大変だと書きましたが、ウチの場合はまだまだ甘いです。今現在、たいていのフランス料理店やイタリア料理店ではオーダーを原語でとおしていますし、伝票もすべて原語という店も多いです。正社員だけでなくアルバイトもある程度のフランス語、イタリア語が話せて、書くことができて当然なのです。ウチの場合はオーダーをとおす際の料理名のイタリア語も簡略していますし、伝票も日本語ですからまだまだ初歩的なことしか出来ていません(これはボク自身の勉強不足ということです)。

 アルバイト生といっても、給料をもらって働いている以上プロですからプロ意識を持たねばなりません。それなりの努力が必要です。先ほどのイタリア語を覚えるというのもそうですし、たとえば仕込みのスープ野菜を切る時間が前回は20分かかったから今日は18分で切ろうとか、前回は客席でお客様にうまく料理の説明が出来なかったから今日はうまく説明できるようになろうとか、ワインの抜栓をもっとうまく素早く出来るように練習しようとか、前回より今回、今回より次回、毎回来るたびに少しでも上を目指そうという意識を持って仕事に取り組まなければ上達しません。これはおそらくどんな職業でもそうだと思います。バイトだからといって決められた時間から時間までそこそこ働いていればいいという気持ちではダメなのです。ボクからアルバイト生にお願いしたいことが1つあります。それはバイト生だけれども、自分が経営しているんだ、自分がオーナーなんだという意識を持って仕事に取り組んで欲しいということです。自分のお店ならば、接客している時、掃除をしている時、野菜を切っている時、何ひとつとってもおろそかに出来ないはずです。お客様にとって、その従業員がバイトか、社員か、オーナーなのかなんて関係ありません。客席や電話で接客している瞬間、瞬間というのは、サルーテの店を代表しているわけですから、そういう意識を持って誠実な仕事をして欲しいものです。そしてもしも、アルバイト生がお客様に対して重大なミスを犯してしまった場合、そのバイト生を信用して使っている(雇っている)オーナーであるボク自身が全責任を負うわけですから。

 アルバイト生にとってちょっと頭の痛い話になってしまいましたが、ウチは他の店と比べてそれほど厳しくはありません。ボクも悦子さんもどちらかというとあまり厳しくバイト生を叱ったり、怒ったり、注意したり出来ないタイプです。注意しなければと思うことがあっても、「まあ、いいか。」と考えてしまうことがよくあります。ボクが昔働いていた店や何軒か知っている店では、バイト生といえども失敗したり、覚えるのが遅かったりしたら、かなりきつく怒鳴ったり、殴ったりするような店長やコックさんいっぱいいます。人をうまく使ったり、人にうまく注意したり、叱ったり、教えたり、伝えたりするのって、ホントに難しいですよね。ボクと悦子さんもいつもどうしたらバイト生にうまく教えられるか、どうしたら早く上達してもらえるか、上手に注意できるか、いつもそんなことを悩みながらお店をやってます。バイト生も最初の数ヶ月はいろいろ覚えることが多くて大変だと思いますが、ある程度覚えられればそんなにキツい仕事ではありません。そのあとは食べ物屋という仕事を楽しんで、接客という仕事に誇りと悦びを感じて、長く続けてくれればなと考えています。時々ランチタイムなどに熊大生の女の子のグループなどが食事に来た際、突然「今アルバイト募集してないですか?ここでアルバイトしたいんです。」というようなことを尋ねられます。きっとウチでのバイトの仕事、誰でも出来るような簡単な仕事に見えているのでしょうね。でも実際、飲食店での仕事は思ったよりも難しいです。体力はもちろん、頭もいりますし、そして何よりも飲食店の仕事独特の“センス” が必要です。食べるということに興味があって、自然とお客様に奉仕が出来て、今何をするべきか的確に判断できる感覚です。

 ときどき常連さんから、「昔バイトしていたあの子。元気にしてますか?」などと尋ねられます。「結婚してもう子供が3人もいるんですよ。」なんて話になります。今現在バイトしている子の事も、数年後には同じように話すのでしょうね。また、ボクが時々アルバイト生に賄い(食事)でオムライスやカツ丼、炒飯などのメニューにないものを作るのですが、常連さんがそれを見て「お兄さん、ボクにも同じもの作ってください。」などと冗談で言われます。「ダメダメ、これはアルバイト生だけが食べられるスペシャルメニューなんだよ。」とボクは返します。アルバイト生の存在はもうサルーテの1部になっているのですね。

 さて、サルーテのアルバイト生ですが、もしかしたら将来的にいなくなるかもしれません。正社員を入れようかなと思っているからです。今現在、基本的にボクと悦子さんと二人でやっていてバイト生に手伝ってもらっているという形ですが、社員を入れて基本的にボクと社員と二人でこなし、忙しい時間や忙しい日だけ悦子さんに出てもらうようにし、すこし楽をさせてあげようと思っています。社員のいい人材がいればいいのですが…。

 今回のお話、一般のお客様にはまったく関係のないお話ですが、ちょっとだけサルーテの裏側が垣間見れるエッセイです。

シェフ

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