第五回(8/19) ★水の都、そして滅びゆく都


注:このお話は、某サルーテの常連さんのホームページに寄稿したことがあるお話で読まれた方もいるかもしれません。

 イタリアの街でどの街が1番好きですか?と訊かれたら、ちょっとだけ考えて「ヴェネツィア!」と答えます。ベニスとも言いますが、これは英語読み、イタリア語ではヴェネツィア、皆さんもご存じの水の都です。位置的にはイタリア半島の北東部、アドリア海に面しブーツに例えるとひざの後ろあたりでしょうか。イタリア本土から約2kmの鉄道橋、道路橋で結ばれた人工の島で、150の運河に400を越える橋が架かっていると言われています。

 もともとヴェネツィアは約5世紀に本土の住民がフン族の侵攻から逃れるために干潟を埋め立てて移り住んだのが起源とされています。その後製塩業や海運業、商業などを発展させ、近隣諸国を征服しその勢力を伸ばしていきました。 ヴェネツィアがもっとも繁栄したのは13世紀から15世紀くらいにかけてです。その後はトルコなどの勢力が強まり、次第に衰退の道を辿るのです。しかし16世紀になると国家の力が弱まるにつれ、ジョルジョーネやティツィアーノなどに代表される絵画を中心としたルネッサンスの文化が花開くのです。そして18世紀になるとあの有名なマスケラ(仮面)をつけた祝祭のカーニヴァルが催されるようになり、より優雅に文化が洗練されていきました。このような歴史を経て美しく年老いた街、それがヴェネツィアなのです。

 ヴェネツィアで何が凄いかというと、車が1台も走っていないということでしょう。人口数十万人を越える都市で車が走っていない都市というのは、おそらく世界中探してもヴェネツィアだけでしょう。したがって車が走る大通りというものがなく、人が歩くための路地と、全島を網の目のように覆う運河をヴァポレットと呼ばれる乗合船とタクシーがわりのモーターボートなどが交通手段となっています。つまり、アメリカの金持ちの老人団体のツアーといえども名所の門前に豪華デラックスバスを横着けなどというおう着は出来ないのです。これはかなり痛快です。

 ボクの場合、ヴァポレットなどの船にもあまり乗らず、よく歩きました。まるで迷路のような路地をひたすら歩きました。そして多くの旅人が道に迷います。一応地図があるのですが細かい路地が多すぎて完全に網羅するのは限りなく不可能に近いのでしょう。でも、たまには道に迷うのも悪くないです。今自分がどこにいるのか、まったくわからない状況というのはかなり素敵です。どうせそんなに大きくない街なのだから、10分か15分ほど迷えばそのうちだいたいの場所が分かります。それが夜ならなおさら面白い。かなり心細いですがなんともいえない郷愁があってやみつきになります。かのゲーテのイタリア紀行のように彷徨い歩くのです。さいわいヴェネツィアはわりと治安もよく、黒人のアフリカ系イタリア人にバッタもんのブランドのバッグなどを勧められるくらいであまり危険はありません。薄暗い路地を何のあてもなく歩くとまるで数百年前の昔にタイムスリップしたような感覚に陥ります。おそらく何世紀も前から全く変わらない同じ景観が続いているのです。サンマルコ広場やリアルト橋を見ただけでヴェネツィアを見たなんて言ってほしくない。地元の人が歩く路地の中にこそヴェネツィアの魅力の本質があるのです。

 現在のヴェネツィアというのは完全に観光地化され、物価は高いし両替のレートもイタリアの他の都市よりも悪いです。土産物屋もウジャウジャあるし、変な日本語で「ゴンドラどうですか?」と、しょっ中声を掛けられるし、北イタリアなのに平気でサンタルチアが流れていたり、結構いいかげんでおかしな街なのですが、そういうことを含めてやはり1番好きな街なのです。生まれ育った京都の名所『清水坂』や『嵐山』などとなんとなく雰囲気が似ているせいかもしれません。

 もしこれを読まれてる方で、ヴェネツィアに行こうと思っている人がおられたら早く行くことをお薦めします。ヴェネツィアは近い将来消えゆく運命なのです。もともと埋め立て地のため地盤沈下が激しく、しかも近頃の地球温暖化の影響による水位の上昇のためです。先日も新聞の海外ニュースの記事で、長雨と高波で完全に水没したサンマルコ広場の写真が載っていました。ヴェネツィアの外側に大規模な水門を築き、水位を調整しようという案もあるようですが環境団体の反対にあい、実現はしていません。おそらく今世紀中には水中に没してしまうであろう滅びゆく都なのです。

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